「子育てで大切にしていることは何ですか?」
そう聞かれたとき、私は少し立ち止まります。
英語講師として活動し、おうち英語について発信している立場ですが、乳幼児期の子育てで私が最も大切にしていたのは、英語力そのものではありませんでした。
大学英語講師はむ先生英語講師の「はむ先生(村上里実)」です。教歴は15年、大学で非常勤講師を務め、第二言語習得を専門としています。
第二言語習得論を学び、一般的に正しいと言われている答えを知っているからこそ、迷うこともありました。
私の結論は、英語をどうするかという問いの前に、もっと考えるべきことがあるのではないかということです。
今日は、私が子育てで大切にしていることについて、正直に書いてみたいと思います。
正解のない子育ての中で、私が迷ったこと

子育てに正解はないと分かっていても、迷わないひとはいないように思います。
とくに私は、第二言語習得を専門に学んできた立場でした。
理論を知っているからこそ、教科書的には「こうした方がよい」という選択肢が見えました。
けれども、理論と現実はいつもぴたりとは重なりませんでした。
目の前にいるわが子と向き合う中で、私は何度も立ち止まったように思います。
理論と実践|早ければ早いほどよい、ことばの習得
英語習得を専門に学んできた私にとって、「ことばは早く始めた方がよい」という考え方は、決して根拠のないものではありません。
幼いほど音韻への感受性が高く、自然にどのような言語も吸収しやすい時期があることは、多くの研究でも示されています。
また、理論上は接触時間が多いほど、言語習得は進みやすいとも言われます。
ですから、おうち英語に代表されるように、英語に触れる環境を整えることには、確かに意味があります。
けれど、理論をそのまま当てはめてよいのかと考えると、私は簡単には割り切れませんでした。
研究のデータで語られる「子ども」と、目の前にいる「わが子」は違います。
私の場合、子どもに英語を身につけてほしいという思いはありました。
しかし同時に、わが子にとって土台となるだろう日本語も大切にしたいと感じました。
外国語である英語に、どこまで時間を費やすべきなのか。そこに正解はありませんでした。
当時のわが家の取り組みについては、別の記事にも記録を残しています。
わが家の0-5歳|おうち英語の取り組みの記録を読んでみる >>
1日の時間は、誰にとっても24時間です。
英語に時間を使うということは、何か別の時間を減らすということでもあります。
理論を知っているからこそ、「効果的」と言われる方法を取り入れるべきだという想いもありました。
けれども、理論に基づく正解が、本当にわが子にとって最適なのかは、別の問いだと感じました。
理論は、正しい方向に進むための指針にはなります。
けれども、最終的にどのように取り入れるかを決めるのは、それぞれの保護者です。
その判断は、思っている以上に難しいものでした。
わが子を前に抱く疑問|本当にDVDを見せるべき?
息子が0歳のとき、英語のDVDを幼いわが子に見せるべきかどうか、何度も考えました。
2017年当時、今のように乳幼児向けの英語教材が豊富にあるわけではなく、わが家は大手のディズニー英語システムを購入しました。
販売員の方からは、「できるだけ長く英語に触れる時間をつくることが大切です」と伝えられたのを覚えています。
具体的には、次のようなことです。
- DVDを見せること
- 英語をBGMのようにかけ流しておくこと
理論的には、ことばの接触時間は多いほどよいとされていますので、間違ったことは言われていません。
けれども、日本語もまだ話さず、十分に理解もしていないわが子の姿を前に、私は立ち止まりました。
これは、本当にこの子にとってよい選択なのだろうかと、疑問に思いました。
子どもの英語習得の成功だけを考えるなら、できるだけ長い時間英語に触れていた方がよいでしょう。
しかし、ことばは本来、人とのやりとりの中で育つものです。
目を合わせ、声の調子を感じ、表情を読み取る。
そして、「伝わった」という体験を重ねることが、ことばの土台になります。
映像を否定するつもりはありません。
0歳から英語を取り入れることは、おうち英語を軌道に乗せるという点では、確かに意味があると感じます。
けれども、もし優先順位があるとするならば、私は「人とのやりとり」を上に置きたいと思いました。
まだ「イヤだ」という言葉さえ持たない子どもを前に、私は慎重にならずにはいられなかったのです。
何を基準に正しいとするかは自分軸があってこそ
子育てに正解はありません。
情報はあふれていますし、どれももっともらしく聞こえます。
だからこそ、必要なのは「何を大切にするか」という自分軸なのだと、私は感じました。
英語を子育てに取り入れるとしても、英語を中心にしない。
それが、あのときの私の結論でした。
わが家では、日本語の基礎力を育てることも大切にしてきました。実際に年中から取り組んでいる国語教材については、こちらの記事に詳しくまとめています
公文国語の口コミは?年中スタート継続4年やってよかった?を読んでみる >>
自分たちの家庭が何を優先するのかを決めないままでは、どんな情報にも揺れてしまいます。
本来であれば、指針を定めてから教材を選ぶべきなのかもしれません。
けれども実際の私は、教材が届いてからふと立ち止まりました。
「私は、親として何を大切にしたいのだろう」と。
そこから、自分の子育てにおいて何を軸にするのかを、改めて考え始めたように思います。
私が英語より先に大切にしていたこと

迷いながらも、私の中で少しずつはっきりしてきたことがありました。
英語をどうするかという問いの前に、前提として、もっと大切にしたいものがあるのではないかということです。
それは、特別な教育法でも、早期教育の成果でもありませんでした。
わが子が、自分のことを自分の言葉で語れるようになること。英語よりも先に、私が大切にしたいと考えたのは、その土台でした。
ことばで伝えられない子どもにしない
私が「ことば」に関して、意識して育てていきたいと思ったのは、自分の気持ちを言葉にして伝えられる子どもに育てることでした。
それは、英語か日本語かという問題ではありません。
「うれしい」「いやだ」「こうしたい」と言え、分からないときに「分からない」と言えることです。
ことばを身につけていることと、実際にことばでコミュニケーションを取れることは、必ずしも同じではありません。
必要なときに、自分の気持ちや考えを言葉にできない。
その状態だけは避けたいと、私は考えました。
私は自分のしたいことが分からない、伝えられない子どもだった
私は、自分が幼児だったころのことはあまり覚えていません。
けれど、小学校に上がるころには、すでに「自分のしたいことが分からない」子どもになっていたように思います。
小学校4年生のときの出来事を、今でもはっきりと覚えています。
クラブ活動を決める時間でした。
クラスメートは口々に、自分の入りたいクラブの名前を言っていきます。
その様子を、私はただ聞いていました。
「どうするの?」
そう聞かれ、とっさに答えられずにいると、担任の先生がこう言いました。
「村上は、お母さんに聞かないと分からないもんな。」
私はショックを受けました。
先生にそう言われたことそのものよりも、周りの子どもたちが、親に確認することなく、自分で決めているという事実に気づいたからです。
自分のことを、自分で決める。
それを当たり前にしている子どもたちがいるのだと、そのとき初めて知りました。
私は、先生の言葉どおり、誰かに決めてもらうことが当たり前で、ひとりでは決められない子どもに育っていたのです。
自分で決めて、自分で伝えることを実践する
小さなことでも、できるだけ本人に選ばせる。
子どもの気持ちと言葉を、親が取ってしまうことのないようにする。
私は、子どもが小さいころから、意識的に「自分で選ぶ機会」をつくるように心掛けてきました。
それは、考える力も伝える力も、日々の積み重ねの中で育つものだと思っているからです。
- 今日は何を着るか。
- ごはんは何を食べたいか。
- どの本を読むか。
- どのDVDを見るか。
もちろん、すべてを自由にするわけではありません。
選択肢を用意するのは親ですし、ときには制限することもあります。
意見がすれ違うこともあります。
けれども、「自分で決めること」、そして「それを言葉にして伝えること」。
その経験は、どの言語であっても子どもにとって大切な土台になると感じています。
自分の考えを伝える力がなければ、たとえ英語を身につけたとしても、それを十分に活かすことは難しいでしょう。
だからこそ私は、英語そのものよりも先に、「自分を表す力」を育てたいと考えました。
英語は数あることばの一つ|土台があってこそ生きる

英語は、確かに世界を広げてくれることばです。
私自身、英語によって多くの出会いや学びの機会を得てきました。だからこそ、その価値はよく分かっています。
けれども、英語は数あることばの一つにすぎません。
どれほど英語に触れる環境を整えたとしても、自分の気持ちを整理し、自分の考えを言葉にする力がなければ、それを十分に活かすことはできないでしょう。
ことばは、単なる知識ではなく、人と関わるための手段であり、道具だと考えています。
目の前の人に伝えたいことがある。
分かってほしい気持ちがある。
その思いがあってこそ、ことばは意味を持ちます。
乳幼児期の子育てで、私が英語よりも先に大切にしてきたのは、そうした土台を育むことでした。
- 自分で考え、自分で決め、それを伝えられる力を育てること
- 意見がすれ違ったときにも、立ち止まりながらも前に進めること
それが、私が「子育てで大切にしたい」と感じたことです。
英語は、その上に重なっていけばよい。
私は、そう考えています。

