留学は必要ない?それでも私が留学に価値があると思う理由

当サイトには広告が含まれていることがあります。

留学は本当に必要なのでしょうか。

子どもの将来を考えたとき、留学という選択肢に迷う保護者の方もいるかもしれません。

しかし最近では、「留学は必要ない」「日本にいても英語は伸ばせる」といった声を耳にする機会も増えてきました。

実際、オンライン英会話や学習アプリの普及により、海外に行かなくても英語に触れられる環境は整いつつあります

時間と費用をかけてまで留学する意味があるのか、迷う方も少なくないでしょう。

大学英語講師はむ先生

英語講師の「はむ先生(村上里実)」です。教歴は15年、大学で非常勤講師を務め、第二言語習得を専門としています。

結論から言えば、英語習得だけを目的にするなら、留学は必須ではありません

留学に行かなくても同様の取り組みは可能ですし、住む場所が変わったところで、住む場所が変わっただけで努力なしに劇的に英語力が伸びるわけではないためです。

それでもなお、私は留学には大きな価値があると考えています。

日本とは異なる文化の中で、自分の当たり前が通じない環境にひとり身を置く経験は、その後の人生の見え方を多角的に変えていくように思います。

留学は本当に「必要のない経験」なのでしょうか。

この記事では、留学不要論が語られる理由を整理しながら、

留学を通した「異文化交流」がもたらす学び

について、わたしの経験をふまえて考えていきます。

タップできる目次

留学は必要ないと言われるのはなぜ?3つの理由

「留学をしなければ英語は身に付かない」

私の学生の頃は、そのように考えられることも少なくありませんでした。

しかし現在は、留学は必須ではないという意見を耳にする機会も増えているように思います。

その背景には、学習環境の変化だけでなく、言語習得に対する理解の広がりがあります。

ここでは、留学は必要ないと言われる主な理由を整理してみましょう

留学しても英語はすぐには身に付かない

まず知っておきたいのは、言語習得には2200時間以上という長い時間がかかるということです。

英語に限らず、新しい言語を自在に使えるようになるまでには、継続的なインプットとアウトプットの積み重ねが欠かせません。

つまり、住む場所が海外に変わったとしても、それだけで急激に語学力が伸びるわけではないのです。

もちろん、日常的に英語に触れられる「逃げられない」環境は大きな助けになります。

しかし、実際に留学生活が始まると、想像していた環境とは異なる現実に戸惑うことも少なくありません。

例えば、英語を母語とする友人がすぐにできるとは限りませんし、授業についていくことに精一杯で、学業以外の余裕が持てない時期もあるでしょう。

また、安心できる存在として、同じ日本人と過ごす時間が自然と増えることもあります。

私は大学3年生のとき、アメリカ・イリノイ州に約9か月間の交換留学をしました。

当時は授業についていくことに精一杯で、毎日のように夜遅くまで図書館にこもって勉強をしていました。

勉強をしたくてしているというよりは、そうせざるを得ないという迫られた状況です。

その取り組みのおかげで、英語の読み書きが伸びたことは確かですが、同じ程度の努力を日本でできていたら、クラスメートを誘って遊びに行くこともできたでしょう。

それに気が付いたのは、全ての経験を終えたあとでした。

大切なのは「どこにいるか」よりも、「どれだけ英語に向き合う時間を持てるか」なのかもしれません。

日本にいても努力次第で英語は身に付く

現代はオンライン英会話や動画配信サービス、学習アプリなどの普及により、日本にいながら英語に触れられる機会は以前よりも格段に増えました。

海外のニュースを読み、現地の講義を視聴し、外国の人と会話をすることも、特別なことではなくなりつつあります。

実際、留学経験がなくても高い英語力を身に付けている人は数多くいます。

共通しているのは、学習を継続していること、そして英語を「使う場」を自ら作っていることです。

環境は学習を後押ししてくれる要素の一つですが、それだけで成果が決まるわけではありません。

どのような環境にいても、主体的に学び続ける姿勢が何より重要だと言えるでしょう。

子どもがまだ主体的に動くことが難しい年齢であっても、「おうち英語」として保護者が働きかけることで、英語に触れられる生活環境を整えることは可能です。

実際に小学生のわが子も、日本語を軸としながら、英語にも触れながら育ってきました。

もちろん、年齢相応の言語力を二か国語で育てていくには、それなりの積み重ねが欠かせません。

年齢を重ねるほど、外国語で年齢相応の言語力を育てていくことは簡単ではないでしょう。

しかし、メディア環境が充実した現代においては、少なくとも日常会話レベルの英語力であれば、日本にいながらでも十分に育てていくことができるように思います。

我が家のおうち英語の取り組みについてまとめた記事を読む >>

ことばの習得は、住んでいる場所だけに左右されるものではないと言えそうです。

大学英語講師はむ先生

時代の恩恵も大きいですね

留学にはコストがかかる

もう一つ、現実的に考えておきたいのが費用面です。

渡航費や学費に加え、滞在費や生活費などを含めると、留学には決して小さくない金額が必要になります。

期間や渡航先によっては、大きな教育投資となることもあるでしょう。

だからこそ、「何のために留学するのか」をあらかじめ考えておくことが大切です。

目的が曖昧なままでは、本来得られるはずの学びを十分に実感できないかもしれません。

場合によっては、渡航先が必ずしも英語圏である必要はないのかもしれません。

留学を特別なものとして捉えるのではなく、自分にとって本当に必要な経験なのかを見極める視点を持ちたいものです。

留学は必要ない?それでも留学を推す理由

ここまで見てきたように、英語習得だけを目的にするなら、留学は必須とは言えません。

日本にいながら学ぶ方法は増えており、努力次第で高い語学力を身に付けることも十分に可能です。

それでもなお、私は留学には単なる語学学習を超えた価値があると感じています。

環境を変えて生活する経験は、ときに戸惑いや不安を伴います。

しかし、その揺らぎの中で得られる気づきは、その後の人生の土台になることも少なくありません。

ここでは、語学力だけでは語りきれない留学の価値について考えてみたいと思います。

若いときに色々なひとに出会うことの価値は大きい

留学先では、育ってきた環境も価値観も異なる人たちと出会います。

同学年のクラスメートだけでなく、生活の中でさまざまな年齢の人たちと交流する機会もあるでしょう。

当時、私は寮で生活しており、ルームメイトはアルバニア出身の学生でした。

故郷を離れ、兄と二人でアメリカへ移住してきたと聞いています。

そのような背景を持つ同世代と出会う機会は、日本では決して多くはないでしょう。

ものの見方や考え方の違いに驚くこともあれば、自分にとって当たり前だったことが、決して普遍的ではないと気づかされる瞬間もあります。

日本という国を遠くから見つめる、そんな経験になるのかもしれません。

若い時期にこうした経験を重ねることには、特有の価値があるように思います。

柔軟に他者を理解しようとする姿勢や、多様な価値観を受け止める力は、一朝一夕に育つものではないからです。

10代や20代の頃に重ねた経験が、30代、40代になってからふと思い出されることもあるものです。

かつてのルームメイトは、現在、メキシコの大学で数学を専門に教えていると聞いています。

そこに至るまでの歩みを思うと、私自身も応援されているような、背中を押されるような気持ちになるのです。

異なる背景を持つ人と関わる中で、自分自身の輪郭もまた、少しずつ見えてきます。

留学とは、世界を知ると同時に、自分を知る経験でもあるのかもしれません。

弱い立場に置かれた経験はひとに優しさを教える

海外で生活を始めると、多くの人が「うまく伝えられない」「思うように理解できない」といった、言語を使いこなせないもどかしさを経験します

これまで当たり前にできていたことが、突然難しく感じられる場面もあるでしょう。

ときには、日本で暮らしているだけでは意識することの少ない、理不尽さに戸惑う場面に出会うこともあるかもしれません。

英語を流暢に話せないことをあたたかく見守り、快く助けてくれる人が多くいる一方で、それをよく思わない人たちがいるのもまた現実です。

こうした体験は決して心地よいものではありませんが、自分が少数派になる感覚や、支えられる側に回る経験は、他者への想像力を育ててくれます

言葉につまずく経験をしたからこそ、困っている人の気持ちに自然と目が向くようになります。

留学には、そのような変化をもたらす側面もあるように思います。

強さだけでなく、しなやかさを育ててくれる点もまた、留学の持つ価値の一つなのかもしれません。

日本だけに住んでいては見えないものが見えるようになる

海外で生活するということは、これまで当たり前だと思っていた価値観や習慣を、外側から見つめ直す機会を得るということでもあります。

異なる文化の中に身を置くと、日本では気づかなかった良さにあらためて目が向くことがあります。

同時に、これまで疑問を持たずに受け入れてきた考え方が、決して世界の標準ではないと知る場面もあるでしょう。

視点が一つ増えるだけで、世界の見え方は大きく変わります。

それは単に海外の知識が増えるということではなく、物事を多角的に捉える力につながっていきます

英語力が伸びることは、もしかすると副産物に過ぎないのかもしれません。

もちろん、日本にいながらでも視野を広げることは可能です。

しかし、生活そのものを異なる環境に置く経験がもたらす気づきには、特有の重みがあるように思います。

世界のさまざまな場所に、心を通わせた友人や知人ができることも、留学がもたらしてくれる大切な財産の一つです。

社会情勢は日々変化していきます。

ときには、国と国との関係が緊張感を帯びることもあるでしょう。

それでも、個人と個人との間に築かれた関係は、簡単には揺らがないものです。

大切な友人がそこにいると思えることは、自分とは異なる背景を持つ他者へと向けられる、静かなまなざしを育てていくのかもしれません。

留学とは、新しい世界に出会うと同時に、自分がどのような社会の中で生きてきたのかを理解する経験でもあるのでしょう。

結論|英語のために留学は必要ない。それでも人生を広げる経験になる

英語習得だけを目的にするのであれば、留学は必ずしも不可欠なものではありません。

学び方の選択肢が広がった現代においては、日本にいながらでも語学力を育てていくことは十分に可能です。

しかし、留学の価値は語学力だけでは測れないように思います。

異なる文化の中で他者と出会い、自分の当たり前を問い直し、ときに戸惑いながらも関係を築いていく。

その積み重ねは、世界の見え方を静かに変えていきます。

特に精神的に成熟してくる高校生・大学生の時期は、世界へと目を向ける一つの好機なのかもしれません。

そこで重ねたさまざまな経験は、英語力が副産物に過ぎないと感じさせるほどに、人生の見え方を静かに変えていくものになるでしょう。

留学とは、新しい世界に触れると同時に、自分自身の立っている場所を知る経験です。

それが必要かどうかの答えは、人によって異なります。

それでも、その経験が人生の可能性をそっと広げてくれることは、確かなのではないでしょうか。

タップできる目次