「日本語があっての英語」は、いつまで通用するのだろうか

SNS上で、幼い頃から始める子どもの英語教育についての議論を、定期的に目にするようになりました。

話題の中心にあるのは、母語である日本語と、外国語である英語をどのように育てていくか、という点です。

日本語と英語を同時に取り入れることで、日本語の発達に影響が出るのではないかという声がある一方で、両方を十分に身に付けることは可能だという意見もあります。

現役英語講師はむ先生

英語講師の「はむ先生(村上里実)」です。教歴は15年、大学で非常勤講師を務め、第二言語習得を専門としています。

子どもに英語教育をする親として、また外国語教育に関わる立場として、関心のある話題ではありますが、私はいつも、少し離れたところからその議論を眺めてきました。

子どもの育つ環境や性格、家庭の状況はさまざまで、「どの意見にも一理ある」と感じることが多かったからです。

このトピックについて、少し立ち位置を変えて、考えてみたいと思います。

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日本は世界から見ると特殊な環境なのかもしれない

日本は多くの人にとって長い間、日本語だけで学び、働き、生活することができる社会でした。

その人たちにとっては、外国語を使わなくても、日常生活が完結する環境にあったと言えるでしょう。

これは世界からみると、稀な環境だと言えるように思います。

日本の家庭で求められている英語とは?

日本では、英語やほかの言語を複数使えることは、「付加価値」として評価されてきました。

今も依然として、そうした見方は根強く残っているでしょう。

ただし、その前提として求められてきたのが、「年齢相応の日本語」を身に付けていることのように感じます。

子どもの英語教育を語るときに、ダブルリミテッドを心配する声があがるのは、この考え方が背景にあるからのように思います。

つまり、「日本語があっての英語」という考え方が、いまも日本に住む多くの人にとって、日本の英語教育の基本的なイメージになっているのです。

世界における言語の位置づけ

多くの保護者が子どもに願うのは、しっかりとした日本語の力と、それに加えての十分な英語力ではないでしょうか。

「日本語はある程度でいいから、まずは英語を身に付けてほしい」と考えて、英語教育を始める保護者は、それほど多くないように思います。

一方で、国外に目を向けると、「外国語のあつかい」は日本とは大きく異なります。

自分の生まれ育った国で生涯を終えられない人は、決して少なくありません。

生活のために国外で暮らすことを余儀なくされる人たちにとって、複数の言語を使うことは「選択」ではなく、「生きるための条件」です。

そうした状況では、「複数の言語を話す」ということ自体が、置かれている立場の厳しさを示す場合もあります。

そのような背景を考えると、「どの言語も十分ではない」と捉えるダブルリミテッドという考え方そのものが、当事者を切り捨ててしまう危うさを含んでいることに気づきます。

実はこの違いは、研究の世界でも区別されています。

自分の意思で外国語を学ぶことを「選択的バイリンガリズム」、生活のために複数言語を使わざるを得ない状況を「状況的バイリンガリズム」と呼びます。

同じ「バイリンガル」という言葉でも、その背景は大きく異なるのです。

日本での子どもの英語教育は、そのほとんどが前者にあたります。

もし「日本語で完結できる環境」でなくなったら

立場が変われば、言語の見え方も変わります。

たとえば将来、日本人が日本国内だけで生活できない時代が来るとしたらどうでしょうか。

生きていくために国外で暮らす必要があり、家族で移住しなければならない状況も、決して想像できない話ではありません。

とくに、ことばの発達が途中にある子どもは、生活環境の影響を強く受けます。

異国に住まう環境の中で、言語の習得は順調に進むでしょうか。

両親が日本人で、日本語を大切に育てたいと思っていても、学校生活は日本語ではないかもしれません。親自身も、日々の生活で精いっぱいということもあるでしょう。

そんな中で、年齢相応の日本語を育てることは可能なのか。現地の言語はどうなるのか。学校で学んでいる内容を、どこまで家庭で支えられるのか。

簡単なことではないだろうと、想像できます。

こうした状況に置かれた人たちに対して、「どの言語も中途半端だ」と評価することは、本来社会が抱える問題を、個人の努力不足にすり替えてしまうことになりかねません。

高等教育まで日本語だけで受けられる日本

そう考えると、日本語だけで学び、働き、生活できている日本という国は、実はとても稀な環境にあるのだと気づかされます。

外国語を学ぶかどうかを、自分で「選択できる」立場にあるからです。

私自身、日本でわが子を育てながら、「日本語を大切に育てたい」「日本語があっての外国語(英語)だ」と自然に思ってきました。

でもそれは、すべてを日本語で完結できる「いまの日本」で子育てをしているからこそ、そう感じられるのでしょう。

ただし、この恵まれた環境が、これから先も続くとは限りません。子どもが大人になったとき、そして子どもが親になったときの日本は、どのような社会になっているのでしょうか。

まとめ:わが子の未来を思い描くとき

ひとつ言えるとしたら、「日本語があっての英語」が通用しなくなったとき、分かれ目になるのは、選べる側にいるかどうかだと思います。

日本に残ることも、外に出ることも、日本語で働くことも、英語で働くことも。

どちらかを選ばされるのではなく、自分で選べる状態にしておくこと。

私がおうち英語で育てたいものについては、こちらの記事に詳しくまとめています。

おうち英語のゴールは海外進学じゃない。「選択肢を持てる子」を育てるということ

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